石川ハイテクサテライトセンター調査報告(第10報)
−マイクロカプセル染料の非水連続染色−
繊維部 沢野井康成

 環境問題に適応する新しいポリエステルの非水連続染色法の一つとして、磁性体と昇華性染料を含有するマイクロカプセル(以下、MC染料)を用いる方法を当場で考案した。本染色法の技術開発において、MC染料のポリエステルへの拡散性測定は重要である。そこで、平成8年11月19〜27日まで、スイス連邦のスイス連邦工科大学(チューリッヒ市)を訪問し、MC染料の拡散試験法について研究交流した。主な内容は次のとおりである。
(1)カプセル化昇華色素材料の拡散性を測定する方法として、フィルム巻層法を応用した新しい試験法(フィルム巻層応用法)を考案できた。
(2)フィルム巻層応用法により、マイクロカプセル化したものとそうでない染料の拡散性を比較することは可能である。
キーワード:マイクロカプセル、非水染色、フィルム巻層法、拡散係数、昇華

  1. 緒言

     染色工業は水を大量に使用するため、水資源の枯渇や排水処理問題等を抱えている。このことから、いろいろな非水染色法が報告されている1〜4)。今回、磁性体と昇華性染料を含有したMC染料を用いるポリエステルの乾式連続染色法を考案5)し、この技術開発について検討6)してきた。その中でも、MC染料のポリエステルへの拡散性は、特に重要となる。昇華拡散によるポリエステルへの染料拡散については、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム中の分散染料拡散に関する研究報告7〜9)がある。これら研究の拡散試験では、水溶液中で目的とする染料を用いて染めたPETフィルムを使用している。しかしMC染料の場合、この様な染色PETフィルムを作製できない。したがって、MC染料の拡散性測定が可能な試験方法を確立し、これにより拡散性を評価する必要がある。そこで、染色加工分野では、その質の高い研究実績で世界的に知られているスイス連邦工科大学(ETH)を訪問し、MC染料の拡散試験法について研究交流した。

  2. 研究交流の概要

     平成7年度石川ハイテクサテライトセンター事業(事業名:スイスにおける非水染色および排水処理技術の調査10))につづき、今回もウーリッヒ・マイヤー博士と研究交流した。同博士は、ETH化学部工業化学科ポール・リース教授の繊維化学グループリーダーで、ヨーロッパの染色加工分野では、著名な研究者の一人として知られている。交流内容は、次のとおりである。

    1. 拡散試験法の検討
    2. フィルム巻層応用法の考案
    3. 解析方法
    4. 拡散試験結果の比較

    2.1 拡散試験法の検討
     昇華拡散によるPETフィルム中への染料拡散性を測定する方法として、一般的には染色したPETフィルムから未染色のPETフィルムへの拡散試験が考えられる。しかし、マイクロカプセル化した染料の場合、上述のようにマイクロカプセル自身をPETフィルム中に拡散させて染色することはできない。そのため、MC染料を分散・保持した薄膜の高分子フィルムを作製し、この高分子フィルムからPETフィルム中へ染料を昇華拡散させる方法について検討した。ここで、高分子フィルムの樹脂成分と昇華性染料の親和性が大きいと、高分子フィルム内で昇華した染料が、そのままPETフィルム中へ拡散することは困難である。マイクロカプセル化する昇華性染料として分散染料を使用するが、この染料は疎水性であるため、フィルム樹脂成分は親水性が良いと考えられる。予備実験として、MC染料を分散させた種々の水溶性高分子フィルムを作製し、これとPETフィルムを重ね合わせたものについて乾熱処理試験した。その結果、ポリビニルアルコール(PVA)を樹脂成分とする高分子フィルムを使用の場合、昇華した染料が良好にPETフィルムに染着することを確認できた。これより、MC染料を含むPVAフィルム(以下、原色フィルム)を、MC染料の拡散試験に適用することにした。
     一方、染着したPETフィルムから拡散係数Dを算出するには、PETフィルム中の染料濃度分布が必要となる。フィルム中の染料濃度分布の測定法には、次のものがある。(1)顕微分光光度計により、直接フィルム中の染料分布を測る。A多層膜を用いて各層の平均濃度から、濃度分布曲線を求める。
     (1)については、今回使用するPETフィルムの厚さは12.5μmと薄く、フィルムの端まで拡散していない試料を作製することは困難である。このため、(2)の方法の中で簡便法として知られているフィルム巻層法を、染料濃度分布の測定に用いることにした。フィルム巻層法11)は、通常染料が入った溶液中にフィルムを巻層したガラス棒を入れ、染料をフィルム表面(最外層)側からガラス棒に到達しない範囲で拡散させる。

    2.2 フィルム巻層応用法の考案
     前項の結果を参考にして、MC染料の拡散性を測定できる新しい拡散試験法について検討した。その結果、図1に示すようなフィルム巻層法を応用する方法(以下、フィルム巻層応用法)を考案することができた。これは、原色フィルムを直径10mmの試験管の周囲に巻き付け、その上に未染色のPETフィルムを巻層した後、直径30mmの試験管内に固定した巻層試料を熱風乾燥器中で熱処理する方法である。PETフィルム中の平均染料濃度は、熱処理後、展開したPETフィルムの各層を切り取ったものをο-クロロフェノールに溶解し、分光光度計で比色定量する。なお、カプセル化していない昇華性染料自身を保持した原色フィルムによる拡散試験をすることにより、MC染料の拡散試験との比較から、マイクロカプセル化の拡散性に及ぼす影響を調べることは可能である。

    図1 フィルム巻層応用法

    2.3 解析方法
    上記の拡散試験結果から得られる染着したPETフィルムの濃度プロフィールより、拡散係数Dを算出する方法について検討した。
     MC染料あるいは昇華性染料が均一に分散している原色フィルムを使用した拡散試験で、しかも拡散が最外層のPETフィルムまで及んでいない場合の拡散は、一端が有限系での自由拡散である。

    式(1)〜(3)

    ここで、DがPETフィルム中で一定で、拡散が一次元的すなわち濃度勾配がχ軸方向のみの場合、拡散物質の濃度をC、時間をtとすると、式(1)に示すFickの第二法則に従う。さらに、位置χ=0に総量Mの拡散物質(染料)がδ関数分布により存在するときには、式(1)から導いた式(2)が与えられる12、13)。式(2)の両辺の自然対数をとると、式(3)になる。式(3)より、換算距離χ2/4tに対するPETフィルム中の平均染料濃度の自然対数lnCのプロットは、直線の関係を与える。よって、その傾き(-1/D)が分かると、Dを求めることができる。

    2.4 拡散試験結果の比較
    表1に示す平均粒径12.8μmのMC染料あるいは代表的なモデル分散染料である1-アミノアントラキノン(1-AAQ)を保持した厚さ約20μmの原色フィルムを作製した。
    表1 MC染料
    カプセル成分内包率(wt%)
    カプセル剤:主成分ポリメチル
          メタクリレート(PMMA)
    75.0(仕込量)
    昇華性染料:1−AAQ5.0( 〃 )
    磁性体:戸田工業(株)製20.0( 〃 )

    作製した原色フィルムを用いて、フィルム巻層応用法で拡散試験(熱処理条件:180℃×16min)した結果を図2(a)、(b)に示す。

    図2 拡散試験結果

    これから、両者とも各プロットは良好な直線関係上にあることが分かった。よって、今回の拡散試験結果は式(3)を満たすことから、フィルム巻層応用法は、昇華性色素材料の拡散試験法として適用可能であると考える。また、拡散したPETフィルム枚数を比較すると、1-AAQは8枚であるのに対し、MC染料は7枚と1枚少ない結果となった。図の第一層目のプロットを外して最小二乗法で求めた直線の傾き(-1/Dに相当する)とこれから算出されるD値の比較結果を表2に示す。
    表2 -1/D およびD値
    染 料-1/D×10−8
    (s/cm2
    D×10
    (cm2/s)
    MC染料-1.420.704
    1−AAQ-1.110.901

    MC染料と1-AAQには、D値に差のあることが分かった。このことは、先の拡散したPETフィルム枚数に差が生じた理由と関係あるものと考えられる。また、1-AAQのD値は、MC染料より僅か(約0.2×10−8(mm2/s))だけ大きな値となった。MC染料のD値が小さくなったことは、カプセルから染料が昇華し放出される工程が律速となる可能性を示唆する。しかし、この考察については、染料の種類と熱処理条件を変えて異なった濃度プロフィールをもつ拡散データを作製して検討する必要がある。いずれにしても、上記の結果から、フィルム巻層応用法を用いてカプセル化されたものとそうでない染料の拡散性を比較することは可能であると考える。

  3. 結言

     スイス連邦工科大学を訪問し、磁性体と昇華性染料を含有するマイクロカプセル(MC染料)の拡散試験法について研究交流した。その内容をまとめると、下記のとおりである。

    1. MC染料の拡散試験法として、フィルム巻層法を応用する方法を考案することができた。
    2. 上記の方法を用いて、MC染料とモデル分散染料の拡散性を比較できることが分かった。

    謝辞
     研究交流にあたり、ご指導を頂いた福井大学工学部生物化学工学科教授堀照夫氏に感謝します。

     
    参考文献

    1. 新保善正ら:特許861044
    2. 片山明:染色工業、Vol.24,No.7,p.10-16(1976)
    3. 増田金作:染色工業、Vol.24,No.7,p.17-26(1976)
    4. 相原次郎:繊維(臨時増刊)“転写捺染の知識と実際”、繊維技術研究社、東京、p.2-16(1976)
    5. 沢野井康成、新保善正ら:特開平9-13284
    6. 沢野井康成、新保善正、山本孝、木水貢:石川県工業試験場研究報告、No.45、p.41-46(1996)
    7. I.Ito, S.Okajima, F.Shikata:Journal Applied Polymer Science、Vol.14、p.551-572(1970)
    8. 酒井豊子、宮坂啓象、石川欣造:繊維学会誌、Vol.30、No.12、p.65-70(1974)
    9. 清水融、前川正雄、京盛美之:繊維学会誌、Vol.23、No.3、p.31-38(1967)
    10. 沢野井康成:石川県工業試験場研究報告、No.45、p.109-112(1996)
    11. 関戸実、松井健一:繊維学会誌、Vol.20、No.12、p.16-24(1964)
    12. J.Crank:The Mathematics of Diffusion,Second Edition,Oxford University Press、London、p.12(1975)
    13. 浦川宏、弘光清人、勢田次二郎、伊藤泰輔:繊維学会誌、Vol.44、No.5、p.67-73(1988)


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