産業機械の構造変更支援技術とその指導事例
機械電子部 多加充彦・廣崎憲一・嶺蔭士朗

 有限要素法による構造解析システムを用いて産業機械の強度・振動などの解析を行い、構造変更を行う指導依頼がこれまでに約60件に上った。本報告では、機械構造設計の指導依頼の傾向、その内容から得た解析上の留意点、ならびに代表的な指導事例について紹介する。主な内容は以下のとおりである。
(1)構造解析システムは、産業機械の強度評価のための解析に多く利用され、設計中の製品の性能評価に限らず、製品の不具合発生原因の究明とその対策に活用された。
(2)解析では形状の変化に伴う応力集中や変形などの変化の傾向を調べることにより、妥当性のある構造に変更することが可能であった。
(3)鍛造品の曲げ剛性向上に関する指導を行った結果、製品の変形解析により設計仕様を満たす必要最小限の形状を推定でき、たわみの許容値を満足する構造の製品を得ることができた。
キーワード:構造解析、有限要素法、構造設計、応力集中、曲げ剛性

  1. 緒言

     最近の産業機械は、厳しい使用環境により高強度、高剛性、高速化などの機能が設計に求められ、また、使用中の機械に不具合が生じた場合には、それを改善するための構造変更作業を短期間で完了しなければならず、技術者にかかる負担はますます増大している。
     現在ではCADが機械設計に広く普及し、部品の作図やその修正・編集作業は容易になっている。しかし、製品の機能向上を追求するためには、試作品の性能評価による設計変更の繰り返しを行わなければならず、これが設計開発期間短縮のネックとなっている。
     これに対し、有限要素法(FEM)1)による構造解析システムは、使用下で製品がどのような挙動を示すのかをコンピュータ上でシミュレーション解析することができ、試作の前にその解析結果を検討することにより、試作品数を大幅に削減することが可能になる。そのため、製品の開発設計における構造解析システムの利用は必要不可欠なものになってきている。
     本報告では、有限要素法(以下、構造解析システム)を用いて産業機械の解析を行った指導内容の傾向を調べ、その内容から得た解析上の留意点、ならびに構造変更を支援した代表的な指導事例について述べる。

  2. 解析指導依頼内容の傾向

    図1 構造解析システムの使用実績  工業試験場では、平成5年に構造解析システムを導入し、これまで県内中小企業約30社からの60件を越える解析の指導依頼があった。
     図1(a)に示すように解析の種類では、静的負荷を受ける建設機械、工作機械などの解析(静解析)が最も多く、全体の約70%を占めた。その他熱解析や動解析を行ったが、その半数は温度分布や振動時の変位を求めるための解析であり、これを負荷条件設定の前解析と見なせば、80%が強度評価のための解析に使用されていることになる。
     また、解析の目的では、図1(b)に示すように設計開発中の製品の性能評価の利用が毎年過半数を超え最も多いが、使用中に破損などの問題が生じた製品の原因究明とそのクレーム対策のための利用も年々増加し、平成8年度には約40%もあった。
     これまで中小企業に対し解析指導を行った結果、自社製品の開発期間の大幅な短縮やクレーム対策の迅速化などの成果が現れており、これからますます必要になってくると推察される。

  3. 指導内容から得た解析上の留意点

    3.1 構造解析システムによる作業

    図2 構造解析システムを用いた構造設計  図2に構造解析システムを用いた構造設計の流れを示す。構造解析システムは、コンピュータ上に製品を節点で結合した複数の小さい要素の連続体で近似したモデルを作成し、このモデルを用いて性能を評価するもので、以下の作業を行う必要がある。
     解析モデルの作成では、製品の形状を定義し、その要素分割を行い、使用材料の機械的特性、拘束や負荷条件を設定する。形状の定義はもっとも時間のかかる作業であるため、CADデータを利用した形状入力が有効な手段となっている。しかし、すべてを忠実にモデル化することは解析時間が増大するため、細部構造や影響の少ない要因の省略、二次元化、対称性を活用することが必要である。
     次に作成した解析モデルのデータファイルを入力ファイルとして、解析計算を行う。計算が正常終了すれば解析結果について不自然な挙動の有無を調べ、信頼性の検討を行う。特に解析結果は要素分割の状態に影響されるため、定量的な性能評価を行う場合は、粗い要素から細かい要素へと解析モデルを連続的に修正した解析を行い、変位量や応力値の精度について十分検討することも重要である。

    3.2 構造変更作業

    図3 形状決定のための解析作業  まず、構造解析システムを用いて製品の不具合の発生箇所を調べ、これを構造変更の対象にする。次に対策用の原形モデルを作成して解析を実施し、最大応力が許容応力以下になるか、変形が許容値以下になるかなどの性能を評価する。期待する性能が得られなければ形状の変更を行い、解析と性能評価を繰り返す。
     形状をどのように変更するかは、技術者の技量やセンスに負うところがあるが、これまで蓄積してきた実績や試験データを活用して検討することにより、変更の指針をたてることができる。特にクレーム対策の場合は期間が限られるため、形状変更に伴う加工、組立工程の負担を極力少なくすることに主眼をおき、必要最小限の変更にすることが望ましい。
     たとえば、応力集中2)のほとんどが円孔、ノッチ、フィレット部で発生するため、その部分の曲率半径の大きさや位置を変更する。剛性不足が問題となる場合は、変形する方向に対して肉厚を大きくしたり、補強部材を付加することが最も有効な手段となる。
     変更の指針が決まると、その大きさ、配置を決定する必要がある。そこで、図3に示す方法を検討した。まず、変更が必要となる箇所の形状の大きさや配置を変数として定義し、その変数が変化する範囲と変化量の度合いを決める。次に初期モデルのデータファイルから、変数の影響を受ける領域の要素を抽出し、変数の値に応じて要素を構成する節点座標や肉厚を計算し、再びそれらの値をデータファイルに書き込み、初期値から段階的に変化させた解析モデルを作成し、そのデータファイルを入力ファイルとして解析を行い、その結果から最大応力や変形量を評価して形状を決定する。

    3.3 数値解析例と考察 
     具体例として図4(a)に示すような引張荷重を受けるU形環状ノッチをもつ丸棒に、図4(b)に示すような中央ノッチの両側に同じ曲率半径をもつU形環状ノッチを追加し、応力集中を緩和する問題を考える。
     最終目的は追加ノッチの深さtを決定することであるため、これを変数とし、図4(b)の暗い灰色で示した部分の要素データを可変して形状を変更する。
     解析モデルは図5(a)および(b)に示すようにノッチの中心面対称性と丸棒の軸対称性を考慮して作成した。

    図4 U形環状ノッチ丸棒
    図5 軸対称解析モデル

     解析はp法3)による線形静解析を用い、追加ノッチの深さtを4〜5mmの範囲で0.1mmずつ増加させて計算を行った。ここで材料のヤング率は206GPa{21000kgf/mm2}、ポアソン比は0.3とした。
     解析の結果、追加ノッチがない場合には、中央ノッチの中心部に応力集中係数2)a=2.49の最大応力が生じた。これに対し、追加ノッチのある場合について、図6に示すように追加ノッチ深さの変化に対する中央ノッチおよび追加ノッチの応力集中係数を求め、その関係を調べたところ、ノッチ深さt=4mmから追加ノッチの深さが増加するのに伴い、中央ノッチの応力集中係数は減少し、t=4.9mmで最小になるが、中央と追加ノッチの深さがt=5mmで等しくなると逆に増加した。一方、追加ノッチの応力集中係数は、ノッチ深さが増加するのに伴い増加し、t=4.5mmを越えると追加ノッチの方が中央ノッチよりも逆に大きくなり、t=5mmの場合、応力集中係数aは2.51となり、追加ノッチのないときより応力集中を増大させる結果となった。
     したがって、中央と追加ノッチの応力集中係数がほぼ等しくなる深さt=4.5mmのときが最も応力集中が緩和する形状であることが判断できる。図7にt=4.5mmの場合の主応力分布を示す。

    図6 ノッチ深さと応力集中係数との関係
    図7 主応力分布(t=4.5mmの場合)

     以上より、応力集中が生じた構造に対し、形状変更を行えば応力集中を緩和することができるが、形状に注意が必要である。そのため、形状の変化による挙動よって最大応力集中の発生箇所が変わる場合があり、の傾向を十分検討して、変更すべき形状を決定しなければならないことがわかった。
     また、この解析例で得た結果は、局所的最適解3)であり、追加ノッチのRの大きさや中央ノッチとの距離を新たに変数として解析を行えば、さらに最適な形状が求められることが予想されるが、その分解析に要する時間は非常に増大する。設計変更にかかる作業と全体作業とのバランスを考慮すれば、なにを変更の対象に設定するれば良いかを取捨選択する必要があると思われる。


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