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ナノ粒子を用いた食器洗浄機対応漆器の開発

■繊維生活部 江頭俊郎 藤島夕喜代 梶井紀孝 笠森正人
■(株)能作 海道正人
■(有)能作うるし店 岡裕之

 漆塗り椀を長く使用していると,変色,退色することがある。これは漆液の水溶性成分が溶出するためであることが知られている。また,従来の漆塗り椀は熱水で劣化,変色するために食器洗浄機で洗浄することはできなかった。そこで,漆液に無機酸化物系ナノ粒子を添加することにより,漆塗膜の耐熱水性を向上することを図った。さらに,本技術を基礎として最適なナノ粒子の探索,漆液への混入方法,保存方法などを検討し,食器洗浄機に対応可能な変色しにくい漆器を開発した。
キーワード: 漆器,食器洗浄機,変色,退色

Development of Dishwasher-Safe Lacquerware Using Nanoparticles

Toshiro EGASHIRA, Yukiyo FUJISHIMA, Noritaka KAJII, Masato KASAMORI, Masato KAIDO and Hiroyuki OKA

When a lacquered bowl is used for a long time, it may discolor and show fading. It is known that this is due to the bleeding of the water-soluble component of sap from the lacquered film. Moreover, a conventional lacquered bowl cannot be washed in a dishwasher, because it degrades and discolors from the hot water. We therefore aimed to improve the hot-water resistance of a lacquered film by adding inorganic oxide nanoparticles to the lacquer sap. Furthermore, the choice of the optimal nanoparticles, the mixing method and the method of preservation was examined on the basis of this technology and we developed a lacquered bowl that can be washed in a dishwasher and does not discolor easily.
Keywords : lacquerware, dishwasher, discolor, fading

1.緒  言
 ここ20年間にわたって漆器の生産量は漸減しており,原料である漆液の生産量や輸入量も減少の一途をたどっている(図1)1)。これは漆および漆器業界の長引く不況を端的に表している。近年ではホテルや飲食業界はもちろん一般家庭にも食器洗浄機が普及してきており,漆器業界では需要の回復のためにも食器洗浄機対応漆器の開発が望まれている。漆器が食器洗浄機でも使用可能になり,通常使用時でも変色しにくくなれば,用途拡大にもつながり需要回復に貢献できる。
 これまでに越前漆器でMR漆(3本ロールミル精製漆)を用いた食器洗浄機用漆器が開発されている2)。しかし,MR漆は変色を抑える効果は十分ではなく,さらなる改良が望まれていた。漆液は,ウルシオール,水分,ゴム質,含窒素物から構成されているが,塗膜になったときに,水溶性のゴム質が水に溶け出すことで変色することが明らかになっている3)。我々は,黒漆塗膜の熱水による変色防止に漆液へのカーボンブラック添加が有効であることを見い出した3)。しかし,漆液の保存中にその粘度が上昇したり,黒漆塗膜の光沢が低下するなどの問題があるため,十分には普及していない。そこで,平成17年度から19年度の文部科学省都市エリア産学官連携促進事業で,漆液に無機酸化物系ナノ粒子を添加することにより,漆塗膜の耐熱水性が向上することを示した。本研究では,平成20年度から21年度科学技術振興機構の地域ニーズ即応型研究の採択を受け,それを基礎として食器洗浄機に対応可能な変色しにくい漆器を開発したので報告する4)。

(図1 生漆の生産量と輸入量の推移)

2.実  験
2.1 漆液
  実験に使用した漆液は,市販の透漆,黒漆((有)能作 うるし店製)である。

2.2 漆液の調製
 漆液へのナノ粒子(詳細は後述)の添加混練を自転公転式攪拌機((株)シンキー製,小型混練機ARE-310)と3本ロールミル((株)小平製作所製,RⅢ-1CN-2)を用いて行った。自転公転式攪拌機は,図2に示すように試料の入ったカップが自転しながら公転するため,試料に渦や対流を生じ,ナノ粒子が漆液に分散されるという装置である。3本ロールミルは,図3のように試料を回転数の異なるロール間を通すことによってずり応力を与え分散性を向上させる装置である。

(図2 自転公転式撹拌機の原理)
(図3 3本ロールミル)

2.3 手板とお椀作成
 フラットブレードアプリケータ(100μm)を用いて漆液をABS樹脂板に塗布し,20℃,70%RHの恒温室で乾燥硬化させ,そのまま1ヶ月以上保存した試料を洗浄試験に使用した。
 お椀は木製で上塗りだけ透漆にナノ粒子を添加した漆液を刷毛で塗布し,1ヶ月以上経過したものを試験に用いた。

2.4 洗浄試験
 業務用食器洗浄機を用いて下記の条件で洗浄試験を実施した。
洗浄温度:70-85℃
洗剤:ホシザキ食器洗浄機専用洗剤JWS-10DHG
リンス剤:業務用食器洗浄機用乾燥仕上げ剤SumaDRI-IT

2.5 色味測定
 携帯型分光測色計(日本電色工業(株)製,NF333)を用いて,3箇所測定し,その平均値をL*a*b*表色系で表した。

3.結果と考察
3.1 ナノ粒子と漆液の混練
 ナノ粒子は粒径数十nmで粘度の高い漆液に混ぜ込むのは非常に難しい。自転公転式攪拌機には減圧装置は付いていないので,初期分散には有効であるが完全に脱泡することはできない。そのため,3本ロールミルでずり応力を与えながら3回通した。処理後の分散状態を漆液粘度から評価した。その結果,分散度が良好な漆液が得られることがわかった。

3.2 ナノ粒子の選定
 ナノ材料は,現在盛んに研究開発や製品開発が進められている分野で,多様なナノ粒子が利用可能となっている。TiO2,ZnO,Al2O3,SiO2のナノ粒子を候補とし,漆液に数%添加して改質を試みた。それぞれのナノ粒子添加漆をABS樹脂板に塗布し手板を作成し,業務用食器洗浄機(図4)による洗浄試験を1000回(1日3回使用で約1年相当)実施した。その結果,ZnOナノ粒子添加漆を塗布した手板が色差5以下で最も変色しにくく(図5),黒味も強かった。色差5というのはASTM(AmericanSocietyforTestingMaterials)の4級相当で,別々に比較したら,ほぼ同一と思われる色差である。これ以降はZnOナノ粒子添加漆(以後,ナノ漆)に絞って試験を実施した(添加量は,重量%)。

(図4 業務用食器洗浄機)
(図5 ナノ粒子添加漆塗膜の洗浄試験前後の色差)

3.3 ZnO添加量
 ABS樹脂板に黒漆と透漆にZnOナノ粒子をそれぞれ0%,0.5%,1%,2%,5%,並びに10%添加した漆を塗布し手板を作成し,洗浄試験を4000回実施した。黒漆の結果を図6に示す。ナノ粒子の添加量が増えるほど色差が小さく,変色が少ない。洗浄試験1000回で色差5以下にするためにはナノ粒子を1%以上添加,4000回で色差5以下にするためには5%以上の添加が必要となることがわかった。ただし,10%添加すると粘度が上昇し塗りにくくなったため,試験に用いなかった。次に,透漆の結果を図7に示す。ナノ粒子を1%以上添加すると洗浄試験4000回実施後でも色差が5以下に抑えられることがわかった。ナノ粒子を黒漆に添加した塗膜より,透漆に添加した塗膜の方が変色しにくかった。これは,黒漆には鉄が含まれており,その部分が従来の黒漆と同様に変色するためと考えられる。ナノ粒子を添加した透漆は,5%以上添加しても色差は添加量にはそれほど依存しなかった(図7)。透漆へのナノ粒子添加量と試作椀1000回洗浄試験前後の色差の関係を示す(図8)。透漆へのナノ粒子の最適な添加量は,洗浄試験前後の色差とナノ漆の粘度等を考慮して,2-3%程度が適当と考えられる。

(図6 ナノ粒子添加黒漆塗膜の洗浄試験前後の色差)
(図7 ナノ粒子添加透漆塗膜の洗浄試験前後の色差)
(図8 透漆へのナノ粒子添加量と椀洗浄試験前後の色差)

3.4 マスターバッチの調製
 ナノ粒子を漆に混練して保存しておくと,粘度が上昇したり,硬化したりするため長期保存ができないという問題がある。そこで,まずナノ粒子をウルシオールに混練したマスターバッチの状態で保存することにした。ウルシオールとは漆の主成分であり,硬化させる酵素ラッカーゼを含まないため,マスターバッチとして保存しておいても粘度上昇はほとんどみられない。使用時にマスターバッチを漆と混ぜることで使用できるようになるため,長期保存が可能になった。マスターバッチはナノ粒子の含有率20%を選択した。

3.5 椀の試作と洗浄試験
 手板でナノ漆の変色防止効果がみられたので,マスターバッチを用いて椀(木製,木粉樹脂製)の試作を行った。手塗り,スプレーどちらにおいても塗りやすさに問題はなかった。試作椀の洗浄試験を1000回実施したところ,お椀の形状であっても,洗浄による色味の変化は手板と同等な結果が得られた(図9)。完成した試作椀を食器洗浄機に対応した漆の技術説明したパネルとともに、見本市に出展し(いしかわ伝統工芸フェア2010:平成22年2月12日〜14日東京ドームシティ・プリズムドーム),一般の消費者にアンケート調査した結果も好評であった(図10)。今後は,商品化に向け,ナノ漆の量産化やコスト低減の課題解決に取り組んでいきたい。

(図9 ナノ粒子添加透漆の塗椀)
(図10 いしかわ伝統工芸フェア2010 の展示)

4.結  言
(1)ZnOナノ粒子添加漆の塗膜は,洗浄試験による変色防止効果が見られた。
(2)ZnOナノ粒子を添加した漆は手塗りでもスプレーでも塗装可能であった。
(3)ZnOナノ粒子を透漆の場合には1%以上、黒漆の場合には5%以上添加すると,食器洗浄機による試験(4000回)前後の塗膜の色差が5以下に抑えられた。
(4)食器洗浄機対応漆器には,透漆に2〜3%ZnOナノ粒子を添加した漆が適していた。
(5)マスターバッチ法を用いることによって長期保存が可能になった。

謝  辞
  本研究は,(独)科学技術振興機構イノベーションプラザ石川の地域ニーズ即応型の採択を受け実施しました。関係各位に感謝します。

参考文献
1) 村田明宏. "日本の漆と植栽地". 漆サミット2010. http://wwwsoc.nii.ac.jp/historbot/urushi/poster/P24.pdf , (参照2010-07-01).
2) 越前漆器協同組合. 平成13 年度地域資源活用型起業化等事業「給食用食器の研究・開発」報告書. 2002, 17 p.
3) 坂本誠, 市川太刀雄, 江頭俊郎. 黒漆の変色防止に関する研究. 石川県工業試験場研究報告. 1993, no. 41, p. 23-31.
4) 江頭俊郎, 藤島夕喜代, 梶井紀孝, 笠森正人, 海道正人,岡裕之. 科学技術振興機構H21 年度地域ニーズ即応型研究報告書. 2010, 11 p.